記事抜粋
>「テレビを見ながらご飯」から「テレビを見ながらインターネット」に-。放送・通信会社の調査で、いまどきの「ながら族」の実態が浮かび上がった。「テレビを見ながらすること」として、7割の人がインターネットを挙げ、かつて“主流”とされた食事は2位にとどまった。
複数のメディアを同時に利用する現代人の姿に、識者は「興味の持続力を保てず、こらえ性がなくなってきたのでは」と指摘している。抜粋終了(以後はタイトル部リンクへ)

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上記の識者の考えはまったく間違っているように思います。私も、インターネットをしながらテレビ(パソコン内でのワンセグ視聴)をみることがありますが、そういうときはテレビで流れる情報を垂れ流しで聞きながら重要な情報が流れてきたらそのときだけ意識を集中するようにしています。
特に夜のニュース番組や報道番組ではそのようなテレビの見方をします。
私が思うに、なぜこのようにテレビを見ながらネットをするような方が増えているのかについては、現代人は昭和の時代と異なり「情報を受けるだけの立場」だけでなく「情報を発信する側」に立つことができるようになったことが非常に大きいと思います。
つまり、テレビができた頃からネットが普及するまでの時代では、国民はテレビ局やCMを流す企業からの情報を受け取るだけの立場にすぎませんでした。
現行憲法では表現の自由が保障されているにもかかわらず(憲法21条)、情報を受け取るだけで発信する手段がほとんどなかったわけです。
しかし、ネットの普及により、国民はテレビだけでなくインターネットからも自分にとって役立つ情報を受け取ることができるようになりました(典型例は価格コムの安値情報など)。
とともに、ホームページやブログの急速な発達により、一般の市民が情報を発信することができるようになったのです。
自由が丘にオシャレな店ができれば自分のブログで紹介できますし、関東のはずれの方のアウトレットモールで安く買い物ができればそれをブログで紹介できます。
また、北海道や長野の農家の方は自分の畑で作った野菜をネットで紹介し商売することもできます。
時代はネットの出現で大きく変ったということです。
「情報の受け手」にすぎなかった一般市民がみずから「情報を発信すること」ができ、あたかもこれまでテレビ局やラジオ局がやってきた情報発信を「活字」という形で行うことができるようになったのです。
こうなると、一般の人もどこかに自分のブログに書ける有益な情報はないかという意識でテレビを見ることになります。こ
れまで、情報の受け手として流れてくる情報を「受動的」に受けていましたが、今は流れてくる情報を「能動的・積極的に探す」という意識でテレビをみるようになったということです。
だから、自分に役立つ情報のときだけはテレビに意識を集中しますが、そうでない情報しか流れていないときは並行してネットもやってそこから有益な情報を探しているわけです。
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